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介護は、孤独との闘いなの? 「今までおばあちゃんを介護してきたが、日ごろから折り合いが悪かった。着替えを手伝っていると怒りだし、こんなに世話をしているのにどうしようもないおばあちゃんだと思い、殺して自分も死のうと思った」 年明け早々の新聞に、小さく掲載されていた「介護していた義母殴り殺害」という記事。85歳の義母をバットで殴り殺害したという52歳の主婦の供述からは、その主婦の孤独な心が伝わる。胃の奥にズシリとくると同時に、「これは、数年後の私かもしれない」との思いがよぎった。 要介護認定は、面接試験の気持ち わが家にも、要介護状態の姑がいる。じつは明日、要介護認定のための訪問調査員が訪ねてくることになっている。わが家の近い将来を左右する訪問調査に、私の緊張感は高まるばかり。 最初は3カ月。次からは6カ月ごとの更新で、もう5回目になるというのに、慣れるどころかいつもピリピリ・ドキドキ状態。特に今回は、有効期間を半年近くも残して、要介護認定の変更申請をしているのだ。 もちろん、訪問調査の主役は、要介護者である姑。しかし、必要な要介護度をゲットするには、介護者のアシストが重要な役割を果たす。何せ、ご当人は何を聞かれても「できます」の一点ばり。見栄を張っているというよりは、本当にやればできると思っているようだ。 これでは、間違いなく「自立」の判定で、わが家の生活は成り立たなくなってしまう。主たる介護者である私は、面接試験を控えた受験生のような心持ちで、この半年間の姑の体調や行動を整理し、準備を整えている。 介護は、気配りの二世代同居生活 小さなキッチンのついた1階の和室に、姑を迎えたのはちょうど3年前。私たち夫婦は2階で生活をし、姑にはその隠居部屋で好きに楽しく暮らしてもらう、というのが私の理想だった。 しかし、その理想は1日にしてみごとに打ち破られた。姑が引っ越してきた次の日の朝、新居は尿失禁による強いアンモニア臭でいっぱいになったのだ。その日から私の「臭い」との戦いが始まった。それは、厳密にいえば、私の介護生活のスタートであったかもしれない。 けれどそのときの私は、まだなにが起こったのか、どうすればいいのか、かいもく検討がつかなかった。介護の自覚すらまったくなく、愚かにも被害者意識のかたまりとなっていたのだ。 デイサービスでの入浴、ヘルパーさんとの連携、24時間見守ってくれるショートステイのアドバイス、さらに紙オムツの給付などのおかげで、いまのところ四六時中「臭い」に悩まされるほどではない状態を、なんとか保っている。 介護に日進月歩はないのか しかし、依然、尿失禁が改善されたわけではないし、日々状況は変化する。足腰の衰えも、もの忘れも、確実に進行しているのだが、すでに要介護1ではサービス利用の支給限度額はいっぱい。増やしたいサービスも増やせないという状況で、今回の認定変更申請へといたった。 なんらかの問題が起こるたびに増え続けた介護サービスではあるが、月曜日はデイサービス、木曜日はデイケア、たまの息抜きにはショートステイ。ヘルパーさんとお散歩へ行ったり、ボランティアさんのお弁当をいただいたりと、80歳になる姑は、楽しみの多い日々を穏やかにすごしている。 訪問調査での緊張感は、今の生活を維持するためのスパイスのようなものかも知れない。ピリリと辛いが、効果は大きいのだ。 これから、私の介護負担は確実に増えてこといくだろう。介護生活は大変かもしれないけれど、せめて介護者&介護予備軍の皆さんと一緒に考え、悩むことで、介護を甲斐護に、そして快護に変えていければと思っています。 今後とも、おつき合いのほど、よろしくお願いいたします。 「ささくれし手にクリームを塗るがごと友の言葉のしみいる夕べ……裕子」 |
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